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白い猫の来た道

日々つれづれ

少数派

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このGWはいろんな人と会っています。
昨日は小学校の同級生たちと。
私は今36歳なのですが、この年齢になると結婚している人の方が多くなります。
昨日も、私以外は全員が既婚で子持ちです。
母と話していてふとその話題になった時に、「あんたばっかり…」とぽつりと言われたんですよね。
「結婚してないから引け目に感じるってこと?」
「そうじゃなくて、うらやましい」
なるほど。孫かー。
私と違って、母は人がたくさんいて賑やかな方が好きなのです。子供も好き。
だから、孫が欲しいと思うのでしょう。
でも、私は母の期待に応えるために生きてるわけじゃないんですよね。
「気持ちはわかるけどそれは無い物ねだりだし、今の我が家(実家)は今までで一番穏やかで平和じゃないの。それじゃあダメなの?」
と言ったら、確かにそうなんだよね、と返ってきました。
母だって、私が願うような親になるために生きているわけではないので、こういう発言に対してはちくりと刺して、あとは放っておくようにしています。


話変わって先日、好きな作家さんが90年代初頭に書いたライトノベルを読んでいたのですが、全体を通して主要キャラが「ホモは変態」と普通に連呼していて、途中で読むのをやめました。もちろん、悪い意味でしか使われていません。
20年以上前の作品ですから時代もあるかもしれませんが、この一言に集約される、少数派への偏見と、自分が正しい側にいると信じて疑わない上からの目線に、拒絶反応しか起きませんでした。
自分と違う他者の気持ちを、こんなにも思いやらない鈍感な言葉が、当たり前のように商業小説に乗っていることに驚きました。
自分がゲイだったとして、この本を読んだらどんな気持ちになるんだろうかと、心が冷え冷えとしました。

 

多数派の言葉が当たり前のように幅を取っていることがあります。
別に少数派を圧迫しようとか、傷つけようとか、そういう意図はなく、無意識に行われていることもあるのでしょう。
きっと私も知らず知らずにやってしまっています。
でも、一歩立ち止まって自分とは違う立場の人のことを想像する、というのは、とても大事だと思うのです。

 

そして、少数派だからといって、「普通」になろうとするのは、何か違います。
誰かの期待に応えるために人生を決定するのも、何か違います。
誰かが決めた枠組みの中には、きっと、幸せはないのです。

 

小学校の同級生たちは、たくましく子育てをしていて、しっかり自分の家庭を築いていました。かっこいーぜ。本当に尊敬します。
私も、縁があればいずれ結婚したいと思っています。
でも、独身で、子供がいない今の私も、穏やかに暮らせているし、いいぞと思いました。
そして、そう感じた自分が、とても嬉しかったのです。