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白い猫の来た道

日々つれづれ

東京への旅とその後

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しばらく、ブログを放置していました。
何も書けなかったからです。


3月の後半に東京に2泊3日で旅行して来ました。
その3日間で体験したこと。感じたこと。ここ数年の間手探りで模索し考えてきたこと。
悲しいことがあったわけではないのですが、大切な人たちと過ごせた時間も含めそれらが全て繋がるようにして、自分の一番底にある、自分に対する負の思い込みが姿を現しました。


その思い込みが原因で、今までたくさんのことに傷ついてきました。
良くない意味で、人生の方向を決定する役割を担ってきました。
それは、まるで呪いのようだなと思いました。


その正体がわかったところで、「よし原因はわかった、問題の半分は解決したも同じ!」というような前向きな気持ちにはなれませんでした。
むしろ呆然としました。この呪い、どうやったら解けるの?と途方に暮れました。
そして、自分が今まで生きてきた道のりに、情けなさや恥ずかしさを感じたのです。


それと時を同じくして、仕事や生活でちょっとしたトラブルが重なり、いっぱいいっぱいになってしまったので、ブログはもちろんSNSからしばし遠ざかりました。
何か書くことはおろか、誰かのちょっとした呟きを読むことすらも辛かったからです。
本を読むのだけはなぜか平気だったので、かなりの時間を読書に没頭して過ごしました。
そのほかは淡々とした日々の生活の繰り返し。
そうやって気がついたら1ヶ月ほど過ぎていました。
気がつくと、乱れていた生活が規則正しくなっていて、精神的にも落ち着いていました。


ある日、するりと「でもさ、私一生懸命頑張ってきたよね」と思いました。
心に深く刻まれていた負の思い込みに振り回されたり、自分も他人も傷つけたり、若さゆえの浅さと未熟さで失敗ばかりしてきたけれど、それでもその時の一生懸命さで生きてきたよね、と、すとんと自分のこれまでの人生を受け入れられたような気がしました。
原因はよくわかりません。よくわからないのですが、これまで自分と向き合ってきたこと、そして、3月の東京で経験したことが今度は良い方に繋がって、自分を支えてくれているのではないかと感じています。


そして、自分の人生を受け入れるのに、誰かの承認はいらないのだなと思いました。
誰かが好きになってくれたから自分を受け入れられるのではなく。ただ自分が自分を受け入れること。それが、自分にはできるというひそやかな自信がいつの間にか心の底に生まれていたのです。


呪いのような思い込みは、おそらく一生消えることはないと思います。
でも、それを抱えながら幸せになる方向に舵をとっていくことはできる。
そう思えることが今は嬉しいです。


先日読んだ萩原朔美さんのエッセイ集に、旅に関するこんな文章が載っていました。
『元来日本の旅というのはサイトシーイングじゃない。観光だ。光を観る為の旅。光というのは神だろう。神に出会う為の行動。巡礼や彷徨も、神への旅だ。あるいは、神というものを引き合いに出しながら、実は自分自身と出会う為の行為だったのかも知れない。』萩原朔美著「毎日が冒険」より


私は東京への旅で、自分自身に出会ったのだと思います。