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白い猫の来た道

日々つれづれ

若松英輔「悲しみの秘義」読書会 at 北書店 レポ

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何かを訴え、人を惹きつける演奏がされるとき、客席が、一段も二段も深い静けさに包まれる時がある。
心を向けて、さらにその演奏から何かを聴き取ろうとする客席の意志が、しんとした沈黙として場を覆うのだ。

 

1月30日(月)に参加した、著者の若松英輔さんご本人を交えて行われた「悲しみの秘義」読書会では、そんな沈黙が何度も訪れた。
会場は新潟市中央区の北書店。

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年明けすぐの北書店のTwitterで今回の読書会が開催されると知り、速攻で申し込んだ。
著者本人が来る読書会なんて!
東京などの首都圏で行われている大きな読書会では時々あるようだけれど、新潟では稀。私はもちろん初めての経験。
若松英輔さんのお名前は、読書仲間がFacebookで本の感想を上げていたのを見て、知っていた。批評家で、文芸雑誌「三田文学」の編集長をされている。とても気になっていた方だし、出ない手はない。
すぐに北書店で、今回の読書会のテーマとなっている本「悲しみの秘義」を購入する。
表紙の鮮やかさが目に飛び込んで来る。美しい。しかも数種類パターンがある。
その場で見比べて1冊を購入した。
とても印象深い表紙なのでどなたが手がけたものだろうと思ったら、ひがしちかさんだった。以前、ほぼ日刊イトイ新聞でインタビューを受けていた日傘作家の方だ。そのインタビュー内容も印象が強いもので、今でも覚えている。

ほぼ日のいい扇子2014 - ほぼ日刊イトイ新聞

↑ひがしちかさんのインタビュー


紙質が独特なもので、素人目にも作りがとても凝っているように見受けられる。出版したナナロク社がとても心を入れて作ったのが伝わって来るようだ。


若松英輔さんの本は初読なので、初めましての気持ちで読み始める。
静謐な文章だった。深々と降り積もる雪みたいな静けさ。そして、そのまま心にしみ込んでいく透明さと優しさ。
読み終えた後に読書メーターに上げた感想は以下の通り。


『人は、どうにもならない人生の苦しみに直面したとき、語るべき言葉を喪うことがある。身を切られるような哀しみに心が焼かれ、生きるよすがさえ失いかけながら、それでも生きようとするとき、人は魂の奥深くにある「言葉」という光に出会うことがあるのだ。本書は、批評家の若松英輔氏の25編のエッセイからなり、哀しみを通じてしか触れることのできない珠玉の言葉がそこに並んでいる。哀しい、愛しい、美しい言葉たちは、しんしんと降る雪のように静かに心に積もっていく。ひがしちかさんの美しい装画も素晴らしい、魂に寄り添う一冊だ。』


やっぱり文章を雪に例えてることに今気付いた。
若松さんは新潟県ご出身だそうで、まったくの私見なのだが、なんとなく、雪が降る地域で育った人と、そうでない人は、表現するものに違いがあるような気がする。
とにかく、なんだかすごい本に年初から出会ってしまった。
一度読んだだけで忘れてしまえるような本ではない。何度も何度も読み直し、その度に新しい発見がある、対話をしていける本だ。一緒に生きていける本だ。
その本を書いた著者が来るなんて、すごい楽しみなのであった。


当日は道が予想以上に混んでいて、ギリギリになりながらもなんとか開始時間前に滑り込むことができた。しかも一番前に座った私。
お客さんは20名以上。椅子の並びからして、トークイベントのような感じ。ふむふむ。どんなふうに進んでいくのか、始まる前からわくわくする。
ツバメコーヒーさんが来ていて(読書会参加費を受付していらっしゃった)、セルフでツバメコーヒーさんのコーヒーが飲めるようになっていた。時間がなかったので飲めなかったのが心残り。

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若松さんがお話しされた場所。


司会進行は、「悲しみの秘義」を出版したナナロク社代表の村井さん。
なんと村井さん、開始時間を30分遅く勘違いしていたそうで、読書会が始まってからレコーダーの準備をされていたのにちょっぴり笑ってしまった。なんとも親しみやすい方。


今回の読書会は、普段私がよく参加している、数人で車座になってテーマとなる本の感想を言い合ったり、お勧め本を紹介し合ったりする形式ではなく、「悲しみの秘義」に納められた25編のエッセイの中から選ばれた4編をお客さんに朗読してもらい、そのあと若松さんがそれについて話し、お客さんと意見を交換していく方法だった。
現れた若松さんは、小柄でおっとりした雰囲気の方。静かでなめらかな語り口調で、話に自然と耳を傾けたくなる感じ。
まず「はじめに」が読まれ、続いて「低くて濃密な場所」「勇気とは何か」「花の供養に」「文学の経験」の4編が取り上げられた。
村井さんの話によると、「悲しみの秘義」の目次にページ数のノンブルが振られていないのは、ページをめくりながら探して欲しいからとのこと。なるほど。そうすると、意図している以外のものに出会う。計算されていない出会いは、振り返るととても重要だったりする。

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ページ数が振られていない目次。


本文が朗読されているのを聞いて、なんとも不思議な気持ちになった。
書かれている文章を読むのと、読まれている言葉を聞くのとでは、受け取る場所が違うというか。
文字としての認識と、音としての認識の違いなのだろうか。同じ内容なのに、見せる表情が変わる。

 

1編目に取り上げられた「低くて濃密な場所」は、立候補をして私が読ませていただいた。
今考えると、著者の前で朗読するってすごいことだ。

 

以下、今回は場に集中したくてメモを取らなかったので、読書会で感じたこと、覚えていることを書いていく。
若松さんの話す言葉は静かで沁み通る感じ。
冒頭に書いたように、若松さんの言葉に耳を傾けようとするお客さんの、意志のある沈黙に会場が包まれていた。心地よいやわらかな集中力。
若松さんのお話の端々から、ただただ真摯に生きることと向き合い、言葉と向き合い、人と向き合う。自らの人生からの問いかけに、答えを見出そうとするのではなく、手探りで応えていく。そんな姿を感じ、また若松さんもそのようなお話をされていた。
懸命に生きる人にしか発せられない言葉。言葉にならないけれど伝わってくる何か。
若松さんは、読んだり書いたりすることの前に、とにかく感じることが大事だとおっしゃっていた。言葉にならないことをたくさんその身で感じていく。その上で、「皆さんには書くことをお勧めします」とおっしゃっていたのがとても強く心に残っている。
書くと読むは呼吸のようなもので、読んだら書く、書いたら読む、がいいそうだ。
書くと、言葉が自分のものになる、とおっしゃっていた。
どこかからの引用でも、自ら書き、そこに自分の体験が肉薄することで、言葉が自分のものになるという。
そして、若松さんは、ご自分の仕事を「読んだ人の心に種を植えるのではなく、その人の心に元々咲いている花に光を与えること」とおっしゃっていた。
言葉は誰のものでもないのと同時に、誰かのものにもなりうる。
単に言葉が指し示す意味を超えた先にある、色鮮やかで豊かな世界を垣間見た時、言葉はただの言葉を超えるのかなと思う。


今回の読書会は、「悲しみ」よりも「言葉」の方にクローズアップした内容だった。
悲しみは、人それぞれ、とても個人的なものだからか。
「悲しみの秘義」は表紙と表紙の見返し部分に数種類のパターンがあるのだが、そのことについて他のお客さんが村井さんに質問していた。
本の制作時に数種類のパターンが出るようにして作っているらしい。悲しみは人それぞれの色をしているからだそう。素敵な理由。

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2冊とも同じ「悲しみの秘義」。店頭で迷って決めたい。

もう一冊は友人に贈ろうと思って購入しました。

 

「悲しみの秘義」では、「書くこと」だけでなく、何度も「読むこと」の大事さが書かれている。

『読むことは、書くことに勝るとも劣らない創造的な営みである。作品を書くのは書き手の役割だが、完成へと近付けるのは読者の役目である。』
『読むことには、書くこととはまったく異なる意味がある。書かれた言葉はいつも、読まれることによってのみ、この世に生を受けるからだ。比喩ではない。読むことは言葉を生み出すことなのである。』
これらの文章を読んだ時、はっとした。
私は読書することが好きだけれど、正直に言うと、それが書くことと同じくらい価値あるものだと考えたことはなかった。
読むことがただの受け身ではなく、自主的に意味を見出していく大切なことだとは思っていたけれど、心のどこかで、書くことよりも下に見ていたのだと思う。
読むということの価値、可能性、大切さに触れることができた。
読書会でも、そのことを感想として述べさせていただいた。
とっても緊張してしまってうまく言葉が出てこず、ちゃんと伝わったかどうかは自信がないのだけれど。


読書会が終わり、最後に若松さんからサインをしていただき、握手もお願いした。
書かれる文章と同じく、静かで品のある美しい字だった。

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こんなに心に残るイベントは、滅多にない。
忘れないうちにこうやってブログに書き起こしたけれど、もしかしたら、細かいことは忘れてしまっても構わないのかもしれない。
忘れてもなお、私の中に何かが確実に残り、共に生き、また新たに出会うと確信している。
それは、「悲しみの秘義」という本と同じだ。

 

なにか、とてつもなく大切なものに出会った。
素晴らしい読書会だった。

 

「読むと書く」若松英輔 公式ホームページ

 

若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義

若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義